東日本大震災  四倉病院からの転院

井手 優子 看護副部長

 3月11日の東日本大震災からの連日の計画停電の院内対応のため、疲労のあまり夕食も食べず、家に着くなり居間で眠ってしまいました。
3月19日の朝、看護部長から電話で、「福島県に行ってくれますか」と言われ、寝ぼけた頭で「はい」と答えました。11時半頃に病院に到着し、緊急車両通行許可証を取りに行っていた葛西次長が戻ってきて、夜勤明けの鹿島田運転手さんが到着し、救援物資をバスに満載し、院長と4人の看護師長で12時に出発しました。大勢の職員が手を振ってくれて心強く感じました。

 福島県に入ると常磐道は自衛隊車両と恩方病院バスだけでした。常磐道は道路が波打っている個所が多く度々大きくバウンドしました。緊急車両通行許可証の威力で高速代金は無料でした。車中では到着してからの動きを打ち合わせしました。院長は、私達の被曝を心配をして、できるかぎり短時間の滞在時間にしたいと言っていました。
 四倉病院に着くと先方のスタッフの方が玄関で待っていてくれました。第一原発から35キロに位置し、津波は眼前の田んぼの中間で止まったそうです。先方の石福院長にご挨拶し、すぐに患者さんに会いたいと伝え病棟に案内して頂きました。電気は来ていましたが、後で患者さんに伺うと小さなコップで1日3杯の水しか飲めなかったということでした。
患者さん達は比較的落ち着いていて、私が「こんにちは。私はこれから皆さんが行かれる病院の看護師です。バスでお迎えにきました。安心して下さい」と挨拶すると、頷いたり、こんにちわと返事されたりしていました。拒否する方はいませんでした。
患者情報は電子カルテのためにプリントアウトすることができませんでした。必要最低限の書類のコピーと、処方箋の控えがないので内服薬の現品を預かりました。
 患者さんのリストを見ると38名中8名の車椅子の患者さんがいました。車椅子の患者さんをバスの前方の座席に、歩ける方は後ろの方に乗車誘導しました。特に注意する疾患の方の名前を最低限教えていただき、打ち合わせした通り、バスに誘導しながら、顔色や表情、脈拍をチェックしました。打ち合わせでは、重量の関係上荷物は持たないとしていましたが、大事そうに荷物を抱えている姿を見てしまうとダメとは言えませんでした。四倉病院を出発するときには、スタッフさん達が大勢で「元気でいれば必ず帰れるから頑張ろうね」と手を振っていました。
救援物資の他に、持参したほとんどの物を置いてきました。

 帰路は、食べ物や飲み物を嘔吐されないように、また非自発的入院形態の方が、一斉にトイレに行かれると収拾がつかなくなってしまうため、ノンストップで走りました。「どうすっぺ~」と言い続けていた方は、いつの間にか疲れて眠ってしまいました。「(元の病院へ)バックしろ~」と言い続けている方もいました。皆さん、静かに文句も言わず辛い気持を懸命に我慢されていることが伝わってきました。
 帰路は予想以上に重量が増え、ガソリンが45%くらいを残すだけになっていました。途中で給油できるかどうかわりませんでしたが、とにかく行けるところまで行こうと出発しました。いわき中央から常磐道に乗り、友部で給油できました。事情を話して土下座してガソリンを入れさせてもらおうと覚悟していましたが、緊急車両通行許可証を見せると行列に並ぶことなく給油できました。いわき市から来たことをスタンドの店員さんが知ると、「ご苦労様です!」と言ってくれました。高速道路の料金所の方も皆さんとても親切にしてくれました。
水戸付近で携帯電話の緊急地震速報が入りました。ですが、悪路の為のバウンドが激しく揺れはわかりませんでした。暗い中、道路の波打っているところがわかりづらいので運転手さんはとても気を使って運転していました。都心の明かりが見えてきたときにはホっとしました。


 途中、受け入れ準備をして待っていてくれるスタッフとメールで何十回もやりとりしました。電話は思うように繋がらず、準備する車椅子の台数、食事、特別な状態の方の点滴や薬、検査の指示、照明、トイレの設置、オムツの準備、スタッフの配置、その他たくさんの情報をやりとりしました。
 到着時には全ての準備が完璧に整い、入口にスタッフが並んで待っていてくれました。4時間近くバスに乗っていた為、足元が不安定な方、トイレを我慢してくれていた方が大勢いました。患者さん達がそれぞれ緊張しながら、精一杯に協力してくれていたことがよくわかりました。医者、看護、事務あらゆる職種のスタッフが、夜勤帯の時間にかかわらず待っていてくれ受け入れの対応をしてくれました。

 緊張の連続で責任重大な任務でした。準備をして待っていてくれるスタッフのことを頼りにして頑張ることができました。迎えに行くよりも準備や到着後の対応の方が大変だったと思います。恩方病院の良いところは、今回のようにここぞというときの団結力が強いことです。誰ひとり文句を言わずにお互いの事を気遣いながらも任務にあたっていました。

 5月19日に四倉病院の受け入れ準備が整い、避難した方々はいわき市に戻られました。短い間ではありましたが、恩方病院のスタッフひとりひとりの温かい気持ちが、四倉病院の皆さんに伝わり、これからの復興や入院生活の支えになっていただければ幸いです。


社内報「ONGATA NEWS」 No.15 より抜粋

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 この度の東日本大震災で被害に遭われた皆様に対しまして心よりお見舞い申し上げます。

 福島県知事佐藤雄平様より、被災地である福島県いわき市の四倉病院からの患者さんの受け入れ支援に対してのお礼状を頂戴いたしました。
震災から3ヶ月が経過しようとしていますが、未だ被災地は厳しい状況であある中、このようなご配慮を頂きスタッフ一同心から感動いたしました。

 一日も早く、被災地の復旧そして復興が進み、被災地の皆様に安心した生活が戻ることを心よりお祈り申し上げます。


(平成23年7月15日)

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